2005年04月11日

沖縄日誌〜愉快な人達1〜

アデイという宿に泊まったんですが、
そこにいた人たちのキャラが面白かったのでログします。

宿は、外見は異様な建物です。
最初は保育園だと思ってました。
確実に、交差点の角にあるのも手伝い浮いていました。
中は意外に雰囲気がよく、洒落た作りにはなってます。
アデイ専属のデザイナーがいるみたいですが、結局よくわかりませんでした。
かなり安上がりっぽく、あの雰囲気なら費用対効果は相当なものです。
ただ、低いしきりがありますが、雑魚寝です。
そして、夜は寒くうるさく、相当眠れませんでした。
一階が男で、二階が女、三回が事務所で、地下がクラブ。
外見とは大違いで、粋な機能も持ってました。
旅行中、近くの高校生が卒業パーティーを開いてました。
女の子が多く男は数人で、二階が着替えにあてがわれていました。
とても高校生とは思えないくらい大人目で美人なコがとてもたくさんいて、
ビックリこきました。
沖縄美女伝説は健在です。
残念ながらお知り合いになる機会はありませんでした。
1、2週間くらいいれば、宿にしょっちゅう遊びに来てるみたいでチャンスもありそうでしたが。
残念。
そして、二夜ほど宿の人達と飲みましたが、
一銭もお金を払っていません。
誰かが痛みを受けたはずですが、
一泊1500円で元を取ってるかもしれない。
経営管理どうなってるの?みたいなそんな宿です。
でも、かなり儲かってるみたいですが。

オーナー
最初の宿泊手続きの応対したのがオーナー。
しかし、それ以後一度しか見ていない。
二日目あたりに、目を覚ましたらコップを拭いていた姿。そして、二度寝した自分。
レンタカー会社の人並みの愛想のなさだった。でも、なんか威厳が漂っていた。
この人がオーナーと知ったのは、飲み会のときで他の人から聞いた。
でも、目撃回数からいまだに信じがたい。

コック
そして、オーナーの代わりにいつもカウンターの中にいたのが、元船のコックのおっさん。
小錦をほんの少し小さくした感じの人。
昔、鮫に噛まれたらしく足が悪い。
友人を助けるために鮫のいる中に突っ込んでいったと言ってた人もいたが、
実は、パナマ運河かどこかでジェットボートで遊んでいて噛まれたのが真相だった。
他にも、船の上で奥さんと結婚したが
陸に着く間もなく亡くなられたので籍だけ入れたというロマンチックな話もあった。
しかし、話し手が嘘をついている可能性もあり何とも言えない。
でも、料理の腕はピカイチだった。
鳥の皮とニラの味噌汁がうまかった。ちょっと油大目だったが。
そして、さらに不思議なことに
この人はいつもカウンターの中にいるのに、従業員兼客だった。
宿の手伝いをしている代わりにお金を貰っているみたいだが、
元々はただの客だったみたいだ。
だから、寝るのは俺たちと同じ広間。
一夜、彼の独演場となり話を聞いていたら、
女の話も出てきました。近くの飲み屋のママとの話や
高校生の打ち上げを手伝った際、女子高生とみたいな話もこれ見よがしに喋りました。
軽く犯罪です。
40後半か、50前半のような気もするし。
あまりにも途中から武勇伝化したので、寝てしまいました。
すいませんでした。目の前に座っていたのに。

ヒゲ
この宿はおっさんが多い。
5人はオーナー含めていた。
どうやら彼らだけは地元沖縄出身者で友達同士で、宿や飲食店を経営しているみたいだ。
このおっさんは、相当羽振りがよさそうだった。
飲みの主役はほぼこの人だった。
ただ、俺の人生史上No1のセクハラオヤジだった。
男論を暑く語った。
自分が好きなことをやって、楽しくさらに成功している姿は説得力がある。
何より楽しいことをやるっていうのは魅力的だった。
ただ、突然隣の子分?(彼専属の従業員)に
「おまえの腕折っていいか?」という問いやセクハラ発言は、
新潟から来たOLの女の子をビビらせていた。
がたいはコックを引き締めた感じで、暴れたらかなりやばいことになるのは想像につく。
仲間のおっさんに、
「おまえの足を折るぞ」と言っていた。
ただ、女子高生のパーティーのDJをやっているみたいで、途中で退散していた。
そして、俺たちが飲むためのお酒やお菓子を、
女子高生が買ってきたものからこっそり頂くように、
子分に有無を言わさぬ指示をしていた。
俺たちにとってはいい人だったが、女子高生達にとっては悪い人だったに違いない。
俺の記憶では、結構酒があった気がする。
正直、この宿に女の子が泊まることはお勧めしません。
たぶん、このおっさんをどうにかするのは誰もできなさそうです。
まあ、おもろいし、どちらかといえばいい人なんですが。

ユカさん
最初は、男の人かと思ったんですよね。
夕方帰ってくると、カウンターにいつも座っていました。
アディダスのパンツにパーカーをいつも着てました。
アデイに来たのは、一年くらい前?みたいでした。
かなりいい人で、親切にして貰いました。
チュッパチャップスを舐めていたら、
「それ好きなの?一杯あるから持ってきてあげるよ。」
と、どこからか数個持ってきてくれました。
その後で、ヒゲが、
「おまえ、それパクったんじゃないだろな」との発言で理解しました。
宿の備品だったみたいです。俺のですといいましたが。
でも、あんたも同じやねんみたいな。
セクハラ親父の受け流し方も見事でした。
ただ、俺にパンツの中に代わりに手を入れてあげては相当焦りました。
火の粉はかかりませんでしたが。
一瞬、体中を悪寒が走りました。
出身は静岡県の富士で、前はバイトをしていて、居着いたみたいでした。
「普段何やってるんですか」と質問したら、
「私プータロだから、よくわかんないから聞かないで」と言われ、困っちゃいました。
彼女にとっての安全基地は、ここなのかなと思いました。

ゆすけさん。
福島出身の人で、色白でかなりほっそりしてる。
いつも、白い上下のジャージで、金髪でB系みたいな感じでした。
一応、ヒゲの下で働いているみたいでした。
もう一人の、お笑い芸人みたいな兄ちゃんと二人が子分みたいに働かされていました。
正直、お笑い芸人の兄ちゃんは、理解不能な境地の人間で、ヒゲに苛められまくっていました。
内情は、ほとんどゆすけさんから得ましたが、
ほとんどの話が嘘か本当か定かではありません。
かなりおもしろい人でした。
まあ違った意味で、お笑い芸人もおもろかったんですが。

会話例1
ユウ「俺らはいつも友達んち行くときはスノーモービルだよ。」
会話例2
ユウ「俺がここに来たとき、いくら持ってたと思う。」
サメ「500円」
ユウ「お金持ってないと思って、馬鹿にするな。俺がそんなにお金持ってない男に見えるか」
  「俺だってそれなりにあるんだぞ」
友人「じゃ、いくらなんですか」
ユウ「5000円」
友人「5000円で沖縄くる人ってどういう神経してるんですか?」

彼からはスラングを習いました。
本当はいけないことだとは思いますが、ロンパリとかビッコとか
普通に宿の該当するおっさんを呼んでました。
本人の前では知りませんが。

サメ
好男子だが、結構抜けていて憎めないキャラ。
一コ下の大学生で、インターンをするために名護から那覇まで着て泊まっていた。
実家は瀬谷らしく近所といえば近所だった。
大学は、俺でも入れる大学はどこかありますかと聞いて決めたそうだ。
おもしろいことを言おうとしてるんだけど、ものすごい音がなる空振りをしていた。
でも、それが俺はツボにはまって、始終笑っていた。

会話例
ユウ「俺らはいつも友達んち行くときはスノーモービルだよ。」
サメ「どうやって道路走るんですか。」
俺「道路も雪積もってるじゃん」
サメ「ああ、そうか」
ユウ「サメは本当に大馬鹿だなぁ」

注)これはあくまで、残念ながら記憶の留めてる範囲です

俺がいる間に携帯と財布を順序良く失くしていた。
携帯はすぐ見つかったけど、
一緒にめしを食いに行った帰りに、皆で立ちションした時に落としていたとは。
軽く濡れていたそうです。
財布を無くした彼は、往年の名男優の迫真の演技でも見られない程、哀れな様子でした。
あまりに可哀想だったので、俺達は飯をおごってあげました。
彼は、空港職員のインターンをしていて、
俺達が、出発の5分前くらいに着いたのに
仕事の合間に搭乗口に張っていて、見送ってくれました。
かなりいいひとです。

なんか、みんなあったかい人たちでした。
ほとんどの人が、沖縄外の人ですが。
沖縄の土地柄、そういうものを求めて人が集まってくるような気がします。
社会的には問題なのかもしれないけど、
失業率が高く、所得も低いというくらい部分もあるはずなのに、かなり明るい感じでした。
国際通りには、同年代くらいなのに一人で店を切り盛りしている人もいました。
暗くて冷たくても暖かさを持ちつづける逞しさみたいなものを感じました。
posted by shunsuke at 23:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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