2005年05月06日

同質性を求めるひとたち。

同質性を保つ価値観が常識だけになろうと刻一刻と迫っていると思う。
それどころか、常識の一部さえも崩壊してしまっている。
バブル崩壊がもたらしたのは、経済低迷だけでなく、価値観の変容をも促した。
自分史を振り返っても、メディアを中心として言われていることが、子供の頃と今とでは大きく違っている。
顕著な例が、犯罪の多様化、多発化である。
殺人件数は確実に増えていると感じる。
事故の不満や不平も大きく個性と捉えるならば、以前はこれが社会の日の目を見ることはあまりなかった。
画一的で全体的な道徳基準が常識として、誠しまやかなある種の絶対的な権限を持ち、押さえ込んでいた。また、そういった下での関係性は密であり、関係性の抑止力が働いていた。
そして、いつしか自分の考えなどと云ったものはまるでなかったかのような状態にさえも社会全体が陥っていた。
でも、最近はこの権限が奪い去られてしまった。
協調性一辺倒といった中心概念が崩れた。協
調性と個性との均整が求められるが、それは釈然としない。
明確な基準は少なく、未だに旧来に対して新しい価値観が戦いを挑んでいて、勝とも負けとも言えない態を呈している。
さらに、この一つの価値観の崩壊が他の価値観にも影響を与えた。
かくして、個性を覆っていた殻は破られてしまった。
個性は何をもたらしたか。

ひとつに思考をもたらした。
人生安全神話が通念上担保されないことが確実になった。
これは従来の行動体系にイノベーションをもたらした。
転職や自己実現を踏まえてのキャリアアップなどがそうだ。

もうひとつに同質化の欲求が生まれた。
常識が崩壊しつつある人々をつなぐ鎖は糸切れに近い。
また、個性化することにより衝突が生じる。
このような状況では、規範が個人思考に委ねられても不思議ではない。
最近の事件で、ホームで化粧をしていた女性を注意した中年女性が電車に突き飛ばされた。
明らかに規範の差がある。
しかも、加害者はとても特異なタイプの人間には思われない。
彼女と中年女性の衝突は上記の例の範疇だろう。
ただ、事件レベルまでは行きすぎとも言えなくもない。
だけど、絶対的な中心概念が崩壊したことにより、ほかの価値観のたかが揺るんでしまって、はずれやすくなっている。
なぜか、普通の人が犯罪の加害者になっている。
加害者というと本来異常だ。
加害者は犯罪意識が生まれやすい環境にあっただなの。
本人に犯罪を負わせる考えに成りがちだ。
しかし、本当にそうだと言い切れるんだろうか?
最近の犯罪はそうでないものが多い。

このような同質性が失われ、衝突が生まれる現状において、不安を感じる人は多いに違いない。
彼らは、失われた連帯感を求めるために同質性を求めている。
つながるためにつながる理由を。
ファッションとは無縁だけど、以前考える機会があった。
50年代から80年代の流行はおもしろい。
ニュートラ、浜トラ、たけのこ族、からす族、紺ブレ。
近い頃だと、ルーズソックスや厚底。
この頃までは、流行が一体化していた。
今は、流行は静かなものになっている。
例えば、B系と呼ばれる人達。
ダンスを趣味としているので服装も合わせる。
彼らがビトンのバッグやエルメスのトートバッグなどはもっていない。
一方で、ギャル系は派手で露出気味な服装がある。
他にもアメリカンカジュアルやキレイ目系、さらにはアキバ系など。
大きくカテゴライズされている。
ファッションの流行は、各々のグループの中では浸透していくが、他には伝達しにくいだろう。
このようにある程度集団化することで社会的な孤立感や不安感を取り除いている。
この集団だけの常識が生まれ、これが従来の常識に代わり同質性をもたらしている。


また、ぎくしゃくしてるけど、直すの面倒だから寝よう。
まあ、若者はそれでも共通項がもともと多いからまとまる可能性も高いけど、それより高い人達はさらに環境面でも多様化してるから、どうなの?みたいな。でも、風潮としては、個性観に根ざした集合が生まれていきそうですね。
まあ、趣味に限らず、いろいろあるけど。趣味的なものが一番力が強そうなのかな。
to and froだ。
posted by shunsuke at 01:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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